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祖父のこと
2006 / 02 / 08 ( Wed ) 01:32:50
私には87歳の祖父ことじーちゃんがいる。

昔我が家の専制君主だったじーちゃんは、今ではままならない身体を抱えて
痴呆気味な介護ライフを送っている。

以前、絶対的権力を以って我が家に君臨し続けたじーちゃん。
逆らうものには鉄槌が容赦なく下された。
そのじーちゃんも、祖母が12年前に他界してから徐々に権力を失っていった。

気が抜けたのか、寂しくなったのか。。。
たぶん、そのどちらでもあるのだろう。

それでも我がままに生きていたじーちゃんだけど、4年前の癌発覚で大きく変化した。
癌自体は(なんと!)手術で完治したのだが、長期に亘る入院で筋肉が極度に衰え、
満足に動くことが出来なくなったのだ。
(それまでは、自転車で行きたいところに行っていた)

汚物はほぼ垂れ流し。満足に動かせない身体。
誰かの手を借りなければ日々生きてゆくことが出来ないと云う事実。
そこに至ってようやくじーちゃんは、自分が一人きりでは生きては
いけないのだと云うことに気が付いた。

ここ何年か、じーちゃんは「ご苦労さん」とか「すまないなあ」とか云う言葉が増えた。
もともと「ありがとう」と「ごめんなさい」が云えない人だったから、その違いは大きいと思う。
母にも、そう云う気持ちを今では持っている様だ。
(じい、ばあ、両親は、いろんな軋轢が在った)

じいを通してつくづく思ったのは、「老い」も「病気」も何かを知ってゆく為の魂のツール
なのだと云うことだ。いろいろな見方が在るだろうし、すべてに当て嵌めるつもりも無い。
ただ少なくとも私の祖父は、その過程を通して学ぶものが在ったのだと思う。

先日、またじーちゃんが倒れた。
尿道に菌が入ってしまい、毒素が身体中に廻って40度の高熱を出して入院したのだ。
一時危うかった為、私もかなり動揺したけれど、心の何処かでは、
「これは浄化なんだ。。。」そんな風にも感じていた。

熱が下がり、無事退院したじーちゃんを待っていたのは、更に筋肉が衰え、
立ち上がることも出来ないと云う現実だった。それは予想された出来事でも在った。。。

私は仕事を終えてから、退院してきたじーちゃんに会いに行った。
話しかけてみると、その生気の無さに言葉を失った。
息も絶え絶えな、かすれた声。
濁った眼差し。
魂が半分抜けてしまった様に。。。

あんなに自分の思うままに動くことが好きだった人が、絶望に沈んでいるのだ。
じーちゃんはすべてを諦めている。。。
私は云った。
「ねえじーちゃん、じーちゃんはまた歩ける様になりたいの?」
成りたい、と返事が返ってきた。
だけどもう動かせないんだと。。。
でも私は思った。
神経とか、脊髄はなんとも無いのだ。
そして、ついこの間まではよろけながらも歩いていたのだ。
自分の意思で、首や手を動かせるのならば、歩けないのではなく、
無理だ、ダメだ、と云う想いに、身体が忠実に反応しているだけかもしれない。

「じーちゃん、もしかして諦めてるでしょ。」
「うん。。。」
「でも、手や首が動かせるんだから、リハビリ続ければ歩ける様になるかもしれないよ。」
「そうかもなあ。。。」
「ねえじーちゃん、じーちゃんはどうしたい?本当に歩ける様に成りたい?
もしじーちゃんが本当に望むなら、私は心から応援するよ。じーちゃんの自由だよ。どうしたい?」
「歩きたい。。。」
「じゃあ、とっておきの方法を教えてあげるね。
今まで支えてくれた自分の身体に感謝するんだよ。
ずっと一緒に生きてくれた身体に、ありがとうって云うの。
そして、信じること!信じるって凄いんだよ。奇跡を呼ぶんだよ。
「感謝」と「信じる」ってね、もの凄いパワーが在るんだよ!」

そんな会話をした。
じーちゃんは、そうだな、その通りだなあと云っていた。
そしてこの時、じーちゃんはわたしのガイド(天使や指導霊)に気付いたらしい。
わたしの後ろを指差して、おう、そこ、おまえの後ろに誰かいるぞ。。。って云った。
「あはは、じーちゃん見えたんだね。これはね、怖くないんだよ。
いつも私たちを見守ってくれてるんだよ。
だからね、じーちゃんを守ってくれている人にこう云うといいよ。
『87年間、見守ってくれてどうもありがとう。これからもよろしくね』って。云ってみ^^」
「87年間、見守ってくれてどうもありがとう。これからも、よろしく。。。」

このやり取り間中、じーちゃんの心はやわらかかった。
小さな子供の様にとても素直だった。
そして会話を進めていく中で、じーちゃんの濁っていた瞳は徐々に輝きを取り戻していったのだ。
しかもその後、じーちゃんは退院後始めて自分の意思で足を動かしてみると云うチャレンジをした!
動いた!膝を曲げられた!すごいよすごいよじい!!
やったねえ。。。!
このままいけば、きっと歩ける様になるね!

なんーて喜んでいたら、その二日後、なんとじーちゃんは以前の様に歩けるようになった(笑)
時々杖を突きつつ、今ではご飯も自分で食べられるまでになったのだ。
すごっ。
これ、嘘の様でホントの話。
だってつい数日前のことだもん。
私も吃驚だ。
信じるって、感謝って、ほんとうに大切ね。。。
深いねえ。。。
この出来事を通して、私はじいから思わぬ勇気を分けてもらったよ。

レイキ流したり、ミカエルやラファエル、セラフ・ローズオーラや女神達に
祈りを通してサポートをお願いしてたから、宇宙の愛、彼らの働きかけもあったと思う。
でも何よりいちばん重要なのは、自分の想いだってこと。
どうしたいのか。
どんな自分になりたいのか。
明確に意図すること。
イメージ。そして実践。

今の私に必要な学びばっかりじゃん(爆)
ありがとうじーちゃん!
身を以って教えてくれて(笑)

私もじーちゃん見習って、日々を創造してゆこうっと^-^






入院中、じーちゃんは黒い車が迎えに来るのを見たという。
でも、じーちゃんは乗らなかった。
じいは再び現世に残り、ここで学び続ける選択をしたのだ。


同じ学び屋の仲間へ。
祝福の光が貴方にあらんことを。。。



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*Comment  Thank you*
comment
 

おじいちゃん、見えたんだね。
空ちゃんをサポートしてくれてる存在たち・・
なんだか感慨深い [☆+v+ ☆]
自分以外の人に感じてもらえるってことが、
感慨深いな。

>どうしたいのか。
どんな自分になりたいのか。
明確に意図すること。
イメージ。そして実践。


私もいま、人と接するなかすごく感じてること。
きっと‘不思議’なんてないんだよね。
描くま世界、信じる世界が、私たちの‘現実’だねい。
by: mamemoti * 2006/02/08 09:53 * URL [ *編集] * page top↑
 

へぇ、歩けるようになったの凄いねぇ(゜ー゜)(。_。)ウンウン
確かに、びっくりだね(*^.^*)
by: かっち * 2006/02/08 19:30 * URL [ *編集] * page top↑
 

じ~ちゃん、すごい!尊敬です。
病気も、学びなんだね。
全てから学べるね。

by: Aiめぐみ * 2006/02/08 21:37 * URL [ *編集] * page top↑
 

mameさんコメントありがと^^
そうなの、じーちゃん見えたみたい、ガイド。
私は見たこと無いのに(笑)
なんだかね、あの時のじーちゃんってさ、なんも余計なものが無い、
まっさらだったんじゃないかなって思うんだ。
きっと真っ直ぐ素直に、信じきったんだなあって。。。
だから祈りは届いた。
たくさんのサポートと共に、意志の力で現実を創ったんだって。。。

それぞれがそれぞれの世界に生きていて、
その世界は、それぞれの選択で創られている。
とっても実感したなあ。。。

私も、自分の世界を楽しみたいナ♪

by: 空太夫 〉mameさんへ * 2006/02/11 02:12 * URL [ *編集] * page top↑
 

もうもう、すっごく驚いたよ(笑)
あんまり早く現実が変わったから、感動通り越して思わず笑いが^^
ほんと、良かったよー。
なにより本人がとても嬉しそう。
by: 空太夫 〉かっちさんへ * 2006/02/11 02:16 * URL [ *編集] * page top↑
 

ほんとにねえ。。。
すべては学びなんだって思ったなあ。
いつでも何処でも祝福は在って、望めば得られるんだよね。
どんな瞬間でも、自分の望んだように変化していける。
私たちってつくづく自由なんだなあ(^-^/
by: 空太夫 〉めぐみさんへ * 2006/02/11 02:20 * URL [ *編集] * page top↑
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