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我が家・1
2006 / 08 / 14 ( Mon ) 23:06:20
うちのじーちゃんというのは、恐怖政治を行う暴君の様な人だった。
私のお父ちゃんはそんなじーちゃんの元に長男として生まれ、
精神的・肉体的に虐待されて育ってきた。
お父ちゃんには弟(私の叔父)がひとりいて、その人もじーちゃんから精神的虐待を受けていた。
進学先から就職先、(成人してからも)帰宅時間まで管理され、時間までに帰らなければ
激しく責められていた。じーちゃんが叔父の会社に電話をして、帰宅時間を確認する、という
光景を、幼かった私は何度も見た記憶がある。

お父ちゃんと叔父にとってその日々は、まさに地獄そのものだったに違いない。

そんな家に、母は嫁いできた。
見合い結婚だった。

元々塞ぎこみやすく自己表現が苦手だった母は、この修羅の家で次第に追い詰められていった。なにしろじーちゃんは他人の声を聞く人ではなかったから。

逆らうな!
云う事を聞け!
思い通りにならないお前らが悪い!

お酒が入れば更に荒れ、誰構わず攻撃を受けた。
母もまた例外ではなかった。

さらにうちのばーちゃんも、辛らつな人だった。
それが母の苦しみに拍車を掛けた。
母は、お嫁に来てからじーちゃんとばーちゃんの両方から辛く当たられていた。
母はばーちゃんに、「農家の嫁がスカートなんてはくんじゃねえ!」
「化粧なんかするんじゃねえ!」などと云われていたという。
だから今でも私の母は、「女らしくする」ことに激しく抵抗している。
もとは綺麗な人なのに。。。

じいばあの息子であり、夫でもあるお父ちゃんが母を守ることは無かった。
お父ちゃん自身も虐待されていたのだから、無理もなかったのかもしれない。
私は、母がひとり泣いている姿を度々目撃していた。

そんなある日、飲み会でお父ちゃんの帰宅時間が夜11時を回ったことがあった。
お父ちゃんが帰って来たとたん、バタン!!!ともの凄い音を立てて部屋から出てきた
じーちゃんは、お父ちゃんを殴り、自分の目の前で土下座をさせて謝らせたのだ。
「すいませんでした。。。」
じーちゃんの前で頭を垂れ、跪くその後姿をみて、私は堪らなく苦しくなった。
私は、小学生の頃に見たこの光景を今でも忘れられない。
その後も幾度となく土下座をさせられるお父ちゃんと叔父の姿を見ながら私は、
「もうやめて!!こんなのもうやだ!!!」と心の中で叫んでいた。

何年かして、叔父はお金を持って家を飛び出し消息を絶った。
お父ちゃんは賭博と浮気に逃げ出した。
母は次第に精神を病み、そのバランスを保つ為に私に当たる様になっていった。

こんな状態で、こんな環境で、のびのびと子育てなんて出来る筈もないのだ。
皆が被害者だったし、皆が加害者だった。
家族の誰もが苦しみを抱えていた。
後に分かったことだが、当時全ての元凶だったじーちゃんですら、苦しみの渦中にあったのだ。
みなそれぞれが、自分のことでいっぱいだった。

私とにーちゃんは、その恐れの連鎖に巻き込まれてしまった。
(にーちゃんもいろいろ在った)
私のインナーチャイルドは、この中で生まれたのだ。
そして成人し、アダルトチルドレンと呼ばれる存在になった。









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テーマ:回想 - ジャンル:心と身体


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