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開放
2006 / 08 / 31 ( Thu ) 00:43:31
保育園のことをぼんやり思い返していたら、恐かったいろんなことが浮かんできた。

他の組の子に睨まれたこと。
嫌いなものを脅されて無理矢理食べされられたこと。
それから、それから、男の子にグーで思い切りみぞおちを殴られたこと。。。

他の子たちが積み木で遊んでいたら、荒れくれものの男の子がやって来て、
いつもの様に脅して無理矢理奪って独り占めした。
私は、果敢にも彼の暴力的な行為に講義をしたんだ。
一人のものじゃないよって。順番守ろうって。
そしたら彼は立ち上がり、私のお腹を勢い良く殴りつけた。。。
拳はみぞおちに入り、私は身体をくの字に曲げて、咳き込んだ。
ぐるぐる視界が回って、しばらく呼吸が出来なかった。
涙がにじんだ。
わけがわからず、ただ恐かった。
周りの子達は、遠巻きに眺めているだけだった。
先生は、その時いなかった。
両親に話した記憶は無い。
私はあの頃から、表現することが出来なかった。。。

そしてもうひとつ、私は男の子から性的ないたずらをされていた。
その子も、自分が何をしているのか理解してはいなかったろう。
ただ両親の見よう見まねでしていたんだろう。
私も、何がなんだかわかっていなかった。
ただ、とても嫌な気持ちだった。
でもいやだってちゃんといえなかった。
そして私の両親はこの事実を知らない。。。

過去を見てふと思った。
私は、なんて自分を大切にしてこなかったんだろう。
ぜんぜん守ってあげなかった。自分を。
ごめんなさい。。。

そしたら突然、ほんとに突然、堰を切ったように私は泣き出した!
胸のずうっと奥から感情があふれ出し、大声を上げて泣き叫んでいた。
インナーチャイルドの叫びだ。
ただただ、「うわああああん。。。!!!」と喚く私。。。
沸き上がるまま、私は感情を開放し続けた。

20分近く、泣いていた。
喉のブロックがずいぶん軽くなった気がした。

でも、深呼吸をして呼吸を整えていたら、また喉にブロックを感じ出した。
私は思った。ああ、きっとまだ開放しきってないんだなあ。
だって、小さなこの子は、何が辛かったか、何も云ってないもの。。。
私はチャイルドに語りかけた。
いいたいこと、云っていいんだよ。
私はあなたの全部を受け容れるからね。

そうしたら、チャイルドが叫んだ!

こわかったよう!痛かったよう!嫌だったよう!
だれも、聞いてくれない!お父さんもお母さんも聞いてくれない!
誰も、誰もわたしを助けてくれない!
誰も助けてくれなかった!!
わたしは捨てられた!!見捨てられた!!

悲しみの叫びが、どんどん出てきた。
こんな慟哭が、ちっちゃな胸にずっとしまってあったんだ。
苦しかったね。寂しかったね。ごめんね。。。ひとりにしてごめん。。。

私は彼女を抱きしめて、一緒に泣いた。
そして、私はあなたの苦しみがわかるよって云ってあげた。
誰よりもわかるよ。同じ痛みを私は知っているよ。全部わかってるから。。。
そうやって愛を注ぎ続けて、一時間くらい経ったろうか。
ようやくチャイルドは泣き止み、穏やかになった。

それにしても、こんなに激しい叫びを抱えたままだったなんて。。。驚きだ。
今までの開放の中で、多分いちばん激しかったと思う。
私自身がびっくりしてるよ。
今回、特別潜ろうとしてた訳じゃないんだよ。
どうしようかなあ。。。とかは思ってたけどさ。
引き金になったのは、自分への愛の足りなさを心から感じたからかな。
そんな気がするな。
このチャイルドちゃんは、今日始めて、自分の悲しみを他の誰かに気付いて貰えたんだ。
私では在るんだけど、でもこの子にとってはじめての受容なんだ。
よかった。あなたを愛せて。
あなたの悲しみを知ることが出来て。




いやあ~なんかエキサイティングだな!!!
でもちょっと泣き疲れたよ(笑)













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そういえば
2006 / 08 / 30 ( Wed ) 23:06:56
私は、クンダリーニに傷がある。
今年の4月に蓮さんのチャネルで登場したガンダルフからハッキリと云われている。
正確には、サナンダからのメッセージだったそうな。

クンダリーニの傷ってどうやって癒したらいいんだろう。
今の私にはさっぱりわかならい。
そして、ちょっと恐いと感じている私がいる。
どうなっちゃうのか不安なんだ。
先の見えないこの状態が。
でも、この1年少しづつ促がされてきた様に、ゆだねて進むしかないよね。
って、この「ゆだねる」ことにも実は抵抗持ってんだけどね私は。
恐いことたくさん。。。
どこから、こんなに何でもかんでも恐くなったのかな。。。
恐くなかった私も何処かにいたのかな。。。

物心ついた頃にはもうたくさんの恐いことを持ってたし。
近所の子達とか(この頃から孤立してた)、周りの大人とか、学校とか。。。
木に登るのも鉄棒も、「挑戦」するものは何でも恐かった。
いつも一歩が自分で踏み出せなかった。
保育園のわたしから、そうだった。
当時の人間関係もエゴでいっぱいだったな。
純真な子供って何。。。?の世界だった。
だって、保育園内の子供同士で普通に殴る蹴るの暴力が横行してたし、
権力闘争みたいなのもあったし、思い返せば「脅迫者」が一部の遊戯(遊び道具)を
恐怖(肉体的・精神的暴力)で支配してたしな。
書いてて思い出してきた(苦笑)
なんだよ家も学校も保育園でさえおんなじなのか。。。
先生方は、見事なまでの傍観者だった。
そしてそれら全てが鏡だった訳で。
家も外もエゴストームならつまり私自身がエゴストーム。。。

こんな初期からこの状態だったってことは、過去生がらみなんか、この辺は。
どうなんだろなー。。。
潜ったらまた見れるかなあとも思うけど。。。
自然に出るのを待とうかなー。
現世と過去が混ざってる気がしなくもないなー。
う~ん。

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自己探求の重要さ
2006 / 08 / 30 ( Wed ) 06:26:44
私は、受け容れられることにとても飢えている。

と、云うことを再確認。。。
私の「被害者」は、誰に対しても出てくるって訳じゃない。
「被害者」を演じる私は、自分を受け容れてくれる人を無意識に選んでいる。
だからなのか、そう云う人はすぐわかる。
安心する私がいるから。
心のどこかで、「この人は私を責めない、無視しないんだ。。。」ってことを感じるの。
そう云う相手に出会うと、私は安全装置(笑)を解除して心を開く。
そこまではまだいいとして、問題なのは、苦しくなると被害者に変身して、エネルギーを
相手に求めはじめることね。
これは、インナーチャイルドの欲求だなあ。。。
傷付いたままのチャイルドが、愛を求めて叫ぶんだね。

自分を無条件で受け容れてくれる人=親がわり

。。。
ちなみに自分のハートと繋がっている時は被害者モードにはならない。
宇宙ないし自分の神性からエネルギー補給出来てれば周りに求める必要ないもんね。
だからこそ日々の自己探求と共に、自分の神性と繋がる努力は必須になるんだな。
私は思いっきり自己浄化の途中だし、スイッチが入ればインナーチャイルドが目覚めてしまう。
じゃあ目覚めた時、どうするのか。

深呼吸で自分の中心と繋がる、イメージで天地と繋がり、エネルギーを下ろす(グラウディング)
自分を白金・金・ピンクなどの色で包んで保護する、等等。
で、同時にインナーチャイルドに愛を送って優しく諭す。

て感じかな。
でもそれには、自分がやってる最中に気付く必要が在るんだ。
インナーチャイルドの暴走(笑)やパワーゲームに嵌まり込む自分に気付くには、
日々の内観は欠かせない。←自己探求
まず、認識すること。
認めて初めて手放せる。
そして枯渇したエネルギーを神我の愛、宇宙からの愛で満たす。←エネルギーワーク
また、愛との繋がりが強化されれば、探求そのものもしやすくなるわけだ。
それぞれに補う感じか?

あとは、日々実践だね。
わかってるだけじゃなんも変わらんもんね。
無理せず、少しづつ。。。
自分が投げ出さない速度で、やろう。









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私が演じているものは
2006 / 08 / 28 ( Mon ) 19:01:41
パワーゲームでの私の役どころ(笑)

いちばん強いのは、傍観者。
基本受身。待ちの姿勢。

時々被害者。(家族以外に対して)
愛を求めて周囲の人たちに訴える。
クレクレモード。

定期的に(笑)尋問者。
以前は傍観していた家族に対してしていることがあった。
怒りが溜まると憤怒となり、尋問者が現れる。

と、大まかにはこんな感じ。
たぶんなんだけどね。
でもね、これ書いたら、今の職場での人との関係性がかなりクリアになってきた!
おお~!なんか気持ちいいぞ!
あの人とかこの人とか、これだったんか~と眼から鱗。。。
職場での直接的な軋轢は、尋問者の私が作ってるんだ!
他の理由も入り混じってるけど、結構比重は大きい感じがする。

これ、やってる最中に気付けたらいいなあ。。。
そう、一個ずつやればいいのさあ^0^
実践してくぞぉ~!
わくわく!


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箱の奥に在ったもの
2006 / 08 / 28 ( Mon ) 18:29:38
家族関係のことを書くだけ書いたら、今度は家族のみんなにして貰ったことが
ぽろぽろと浮かんできて、感謝の気持ちが湧いてきた。

責めちゃってごめんなさい。
愛してくれてありがとう。
私はここで、たくさん学んだ。
そして今でも学びつつ、家族に助けられて生きている。

友人も、ありがとう。
私は一番苦しい時、確かにあなたに支えられていた。
あなたがいたから、今こうして生きている私がいる。
そして、共依存を通して、私はいろんなことを教えてもらった。
体験したから、分かることがある。
抑圧があったから、開放される歓びを私は知った。
ありがとう。

記憶の蓋を開けるといろんなものが飛び出てくる。
それは、心地良いものばかりじゃない。
でもその奥には、ちゃんと美しいものがしまってあるんだね。

みんなありがとう。。。



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消化中
2006 / 08 / 28 ( Mon ) 14:56:42
私は何故、この家族の下に生まれてきたんだろう。
エゴストーム吹き荒れていた、あの時の我が家に。
答えは、簡単だ。
それは、私自身が過去の人生において溜めに溜めたエゴを手放す為だ。
だから、ハッキリ鏡となる人々のいる家を選んで生まれてきたんだ。
そんくらい、エゴが強いんだ。
学びの為に。。。

。。。とわかっていても、しばし落ち込んだ。
落ち込むあたり、「エゴの強い自分」を認めきれてないのねー。
私好きになれてないんだなあ。。。
うん。。。
じゃあ、どう云う自分なら好きになれるかって云えば、たぶん、どんな私になっても
粗探しをして何処かに否定するところを見つけるよね。
自分へ向けて、尋問者やってる(爆)
今を見ないと前には進めんよ。
ねえ?

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ちょっと潜ってみた(すんごい長文)
2006 / 08 / 28 ( Mon ) 13:39:23
こないだdozneの蓮さん龍さんとこで「インナーチャイルドワーク」も受けてきたんだけど、
そこで、こんな話を聞いた。
育った環境に登場人物(家族)の数が多いほど、インナーチャイルドの数も多くなるんだって。

。。。
うち、いっぱいいたよねえ。。。

えーと、まずじーちゃんばーちゃん、お父ちゃんと母でしょ。
にーちゃんと行方不明になるまでは叔父さんも一緒だったし、曾ばーちゃんもいた。
家族がいっぱい。
一見とっても素敵な響き。。。
でも、愛情表現がゆがんでたり、家族総出でエネルギーの争奪戦を繰り広げてたわけで。
つまり私は、家族それぞれに対して、複数のインナーチャイルドを持っているってことになる。
そしてエネルギー争奪戦(パワーゲーム)においても、

脅迫者=肉体的・精神的に相手を脅して恐怖で支配し、エネルギーを奪い取る。
尋問者=粗探しをして批判によって相手を追い詰め、エネルギーを奪う。
傍観者=相手の気を引いて、誰かがエネルギーを与えてくれるのを待つ。
被害者=過去の苦痛に浸り、抜け出そうとせずに繰り返し、そこから相手の同情得ることで
      エネルギーを奪う。エネルギーを与えてくれない相手を責める。

という関係を、それぞれの登場人物(家族)と演じあっているわけだ。
しかも、ひとりの家族に対して演じている種類は、ひとつとは限らない。
これまたインナーチャイルドと同じように様々なバリエーション(苦笑)を持っているのだ。

。。。てへっ☆
なんかこんがらがってるってか・ん・じ!

まずは自分がやっちゃってる時に気付くことが大切だよね!
ちなみに今わかってる範囲では、私に対する家族の関わりは

お父ちゃん=傍観者、被害者。稀に脅迫者(過去)。
母=被害者、傍観者、尋問者(今は稀)、脅迫者(過去)。
じーちゃん=脅迫者(過去)、尋問者(過去)。
故ばーちゃん=傍観者(多分)、尋問者(多分)。どちらも少なめな感じ。
故曾ばーちゃん=脅迫者、傍観者。

という感じ。今まったく無いものは「過去」って書いてあるやつね。
後は、今でも在るもの。たまにしかないのも在るけど。

にーちゃんと叔父との関係は、まだよく分からないの。
特に叔父は、途中で戦線離脱(失踪)してるから、余計だね。
叔父の場合、叔父自身がじーちゃんに虐待されている姿を私が見て、それによって間接的に
私のインナーチャイルドが傷付いたんだと思う。
叔父とじーちゃんの関わりからは、表現することの恐怖、束縛の苦痛、暴力的な行為への恐怖、安心感の喪失、そういったものを受け取っている。
てか刷り込みだね。攻撃的な相手に対して私が怯えてしまうのは、この当時の傷が元なのかな。
これは、じーちゃん対他のすべての家族に云えることだ。
だって、あの当時、みんながじーちゃんに支配されていたから。
唯一違ったのは、曾ばーちゃん。
まあ、じーちゃん育てた人だし。。。歴史を繰り返していたわけやね(笑)

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焦り
2006 / 08 / 27 ( Sun ) 08:56:23
私、焦りがあった。
確かに在るんだ。
今、気付いた。
また繰り返すとこだった。
ふ~。

今回の焦りは、自分の霊的な成長に対するもの。
歩みの遅い自分を受け容れて無かったんだ。
てか「遅い」とか云ってる時点で比べてるし(爆)

焦点を定めるのは遠い「どこか」じゃない。
私は、ここにしかいない。
ここで感じて、ここで学ぶ。
調整しなおし!(笑)

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シンプル
2006 / 08 / 27 ( Sun ) 07:25:23
ちょっと前の記事に書いたように、私はdozneの蓮さん龍さんのワークに参加したんだけど、
そこで「真実」の一端を垣間見ることになった。
高次のマスター達が次々現れ、彼らと、一緒に参加していたワーカーの皆の姿を通して
「真実」の大きさ、深さ、広大さを体感させてもらった。
私自身の本当の体験は、これから。
扉からはまだちょっと離れてる。
そう云う感覚。

ワークの講義の時、瑠璃さん=アンディウス⇒レディーナダ(でいいのかな)も
講義してくれてたんだけど、その時、こう云ってた。

すべては愛と感謝なんだって。
「無条件の愛」とか「何々の愛」とか、そう云う余計な形容詞は必要ないんだって。
ただ愛であり、ただ感謝でいいんだって。

愛ってほんとは、とってもシンプルなんだ。

理屈をつけるのは、マインドなのかな。
あれこれ説明付けすぎても、真実から遠のいていくのかもしれない。

愛と感謝
愛=感謝

どちらもおなじこと。
太古からずっと存在していて、今も変らず在り続けるもの。
生命の誕生から、私達が宿しているもの。。。
なんか記事書いてたら、ハートがじわっと暖かくなってきた^^
私の愛が、反応しているのかもね!

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心象風景 TB:0 CM:0 admin page top↑
今、感じること
2006 / 08 / 27 ( Sun ) 06:34:55
出会う人とか、誰かの何かを見たり聞いたり感じたりしたものは、
ぜんぶ私の中にあるものなんだ。
表現の仕方とか、質はちょっと違っててもさ。
自分を拡げてゆくと、そう云うことを感じられる。
どかっとぶつかって迷走しなくても、心を静かにしていると自然と見えてくる。
思い込み。。。?でも、そんな風に感じた。
途中でいつもの(笑)否定や批判や判断のエゴが出ても、その大元の理由が分からなくても、
エゴっている今の自分ごと認めちゃえばいいんだなって思った。
理由はいずれ知れてくる。
探求を深めてゆけば、必ず浮上してくる。
だからいっこずつ、一歩ずつ、出来ることから。
それでいーんだなあ。

今の私の心境でした^^

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メッセージ
2006 / 08 / 25 ( Fri ) 21:26:46
8月20日、21日とdozneの蓮さん龍さん⇒ http://dozen.seesaa.net/が主催する
イベントに行って来たんだ。
去年の12月からほぼ毎回、ミニワークやらスピリチュアルなおしゃべり会に
参加してたんだけど、本格的なワークに出たのは今回が始めてだった。
内容は。。。今の私には凄すぎてとても言葉に出来ないれすわ。
おんなじことをいつか私が体験することが在れば、お腹に落っこちて書けると思う。
どのみち今は、遠いお話です^^

で、ワークの帰りに龍さんに「メッセージに気が付いて欲しい。」みたいなことを云われて、
今まで数字や具象化したメッセージを何となく受け取ってたのを、ハッキリとフォーカス
することにしたの。意識的になったってことね。

そしたらなんかもう、凄いんですが。
毎日、ってか殆ど毎瞬?メッセージがあることに気が付いたの。
今主に受け取ってるのが数字を使ったメッセージ。
私がいちばん理解しやすいからか、立て続けに大量のメッセージを貰うようになった。
「なんとなく」だった時の3倍くらいは一気に増えた。

たとえば今日だったら、出勤途中に777の車のナンバーを3回みて、
さらに帰宅途中でもう一度777のナンバーを見た。
一瞬、「え?777のナンバープレートってこんないっぱいあるんか?」とか思ったけど
ここまで重なれば、もう偶然じゃないよねえ。。。(一度だって必然と呼ぶのだろうけど)
疑り深い私が(笑)納得できるように何度も送ってくれたんかなー。
あとは、118、若しくは1818のナンバープレートも相当数見たっす。
これは意識し出す前から何度も貰ってたもので、今日に至っては6,7回かそれ以上
見たれすよ。888とか2222も毎日やってくる。。。
あとは7878、1515、373、333、1717、500、300、1313、322。。。
思いつく限りでもこんなんだ。他にもいっぱいあるんだけど、いかんせん多すぎて
私の頭じゃ覚えきれない。多すぎやっちゅうの!
で、受け取ったメッセージを自分なりに訳してみたら、

「すべてはうまくいっている。」
「天使とマスターたちが新たな目的の為にサポートしてくれてる。」
「新たな変化がやってくるので準備をすること。」
「心配しなくていい。」
「必要の無いもの、古くなったものを手放しなさい。」

大まかにはこんな感じかな。
しっかり受け取るでよ~。

最近はね、つくづくひとりは無理だなあって感じ出したから、
みんながサポートしてくれて嬉しいの。
私、一人ぼっちじゃないんだなって感じるんだ。
なんでもかんでも自分でやらなきゃ!ってとこからすこしは変われたのかな。
ちょっとずつ、ゆだねることが出来るようになってきた。
と思う。たぶん(笑)

みんな、いつもそばにいてくれてありがとう。
助けてくれてありがとう。
いつかちゃんと名前を読んで、挨拶が出来たらいいな^-^


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お絵描き☆
2006 / 08 / 25 ( Fri ) 20:35:32
mizutohana.jpg

久々のお絵描き~。
なんかやたら時間掛かったなー私にしては。
昨日から描きだして、何時間かかったかな。
時間の感覚失くしたのもひさしぶり。
絵の良いところは、描いてる最中はマインドのおしゃべりがなくなるとこだね。
(私の場合)

ふと気が付くと、またお花描いてる。。。
いっそお花シリーズとかしちゃおうか^^←また無謀なことを。。。

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ちょっとの勇気
2006 / 08 / 24 ( Thu ) 17:47:08
ここ2・3日、エゴがどかっと噴き出してたけど、ちょっと収まったかな。。。
なんかね、今回のエゴ体験で、以前より自分の醜さを認められる様になったんだ。
ちょっとだけね。
腹括れたかな、前よりは。
これも私なんだって徐々に浸透しつつある。
そうしたらね、不思議なことに、職場でいつもギスギスしちゃってた相手のことも
恐くなくなってきたの。あ、完全にじゃないけどさ。
でも、なんか、恐くても平気な感じ。
彼らは、私自身の映し鏡だってことをようやく心底認められたのかな。
認めつつあるのかな。
わずかだけど、でも。。。昨日とすこし違って感じる。
私はみんなのことを認めた振りして、心では抵抗してたんだよね。
今日は、ホントに不思議だった。
なんだか、彼らが愛おしく感じられた。

あなたも私なのね。
そうだよね。わたしも、そう云うとこ在るよね。

こんな風に思えた。
まだびくっと怯えちゃうことも在るけど。。。
あとちょっと、あとすこし、勇気が欲しいな。
自分を認める勇気。。。
もう一歩、踏み込もう。

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垣間見えるもの
2006 / 08 / 22 ( Tue ) 17:26:00
昨日、高エネルギーを多量に受けたため、その反動でエゴが一気に浮上している。
以前手放したエゴの更に深いレベルのものまで噴出してる。

ああああああ。

わ、わたしこんなに自分受け容れてないんだ!
悲しいくらいに自信が無いんだ!
ぜんぜん自己愛足りてなーい!
(かなり動揺)

自分が嫌で嫌で堪らない!
私はみんなに嫌われてる。
呆れられてる。
私は駄目な人間だ。
なんの役にも立たない。
いてもいなくても一緒なんだ。
こわいこわいこわいよー!
みんなの目線が恐い!
見られるのが恐い!
この醜さを晒すのが恐い。。。等々。

い、いっぱい出てきた。。。
自分でも、愕然とするくらい。
なんかちょー久々な感情まである。。。
まだこんなにあったんだ。
てか、多分こんなもんじゃないよね。
私の奥の奥のずーっと奥に、マグマみたいに渦巻いてる怒りがあるのさ。
前から感じてきたもの。
全部を叩き壊してしまう様な、激しい憤怒。。。
これ、わかっている範囲では開放したけど、まだまだとても足りない。
憤怒は、実は過去生からずっと繰り返し溜め込んできた感情でもあるんだ。
以前、憤怒の根っこを知りたくて、無理矢理(笑)潜在意識に潜っていったら
虐待を受けていた過去生にぶち当たったのだ。
その怒りは随分開放したけど、でもきっと、もっともっとあるんじゃないかなって感じる。
一回の人生だけじゃないよこれ。
や、多分だけど。
現世の分も相当あるっぽいけど、深すぎて今はまだ全貌は見えない。
あ、でも、何に憤怒しているのかわかっていることが一つあるんだ。
(ぜんぶじゃないよ)

それは、社会への怒り。

差別に、略奪に、性的なものを含む全ての暴力に、個性を踏み潰される現実に、
貧富の格差に、横行する横暴な権力に、一つの型に押し込めようとする教育に、
この重苦しい社会の全てに対する憤怒なんだ。
抑圧され続けた反動が、この怒りの核になっている。
溜めすぎちゃって、凄いことになってる。
(過去生含む)
顕在の私では把握しきれないほどに。
これに、これから少しづつ触れてゆくんだよ。
わあ~。。。
我がことながら、ちょっと震えちゃいそうですよ?
そりゃMさんだってびびっちゃうよ。
だって、自覚あるもん。
普段小出しになってるだけで、これが一気に出たらすさまじいもんね。
この私を受け容れるには、度量がいるなあ。。。
この私を愛するには、勇気がいるよ。

焦らない、焦らない。
全部をいっぺんには解決できない。
自分が潰れてしまうだけ。
まず、目の前にある小さなエゴから向かい合おう。
インナーチャイルドとも、少しずつワークしてゆこう。
焦らない、焦らない。←言い聞かせてる(笑)

まずは、自分が嫌いなこの自分から、受け止めようか。







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つながった!
2006 / 08 / 21 ( Mon ) 21:46:35
なんかもういろいろ在りすぎて何処から書いていいのやら。。。
てか何処からも書きようがないって感じもしなくもなく。。。
でも、これだけは書いておこう!
大切なことだから。

わたし、自分のやりたいこと、わかったよ!
ようやくわたしに出来ることが見つかったよ!
わたしって云う個性のまま、出来ることが在るんだ!
そしてそれは、随分前から促がされてて、
準備が調った今だからこそ、お腹に落っこちたんだと思う。
全ての出来事が繋がった。
ああそうだったんかーっ!!!って感じだ。

わたしの役割についてはまだ詳しく書けないけど、
時期が来ればもっと表現出来るかなあって思う。
いろいろ納得、ホントに納得。。。
だってあんなの見せられちゃあ、認めるしかないよねえ。。。
まだついていけてないことも多々あるんだけどね。
出来ることからやろう、出来ることから。
わたしの場合は、自分癒すとか、浄化するとか、この辺今と変わりないね(笑)
一個一個やってきますです。

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自分の中心
2006 / 08 / 16 ( Wed ) 21:20:07
昨日の夜、エゴに傾いて、ちょっとバランスを崩しちゃったの。
そんで、その崩れたバランスを取り直すこともしないで寝ちゃったのね。
朝眼が覚めたら、出勤時間ぎりぎり。
ぎゃーってなって、いっそいで支度して家を飛び出した。
途中、車で事故りかけた。
あ~。。。
多分、意識が身体に入ってなかった、あれ。
自分の軸になくて、なかば抜けかけてたっぽい。

こう云う時、深呼吸と自分の内側に意識を向ける瞑想を軽くするだけで
けっこう元通りに成るんだけど、なにしろ今日は時間がなかった。
バランス崩れて不安定なまま、買う物あって飛び込んだコンビニで
早速今の自分の具現化が起きた。
お会計の時、店員さんがおつりを間違えたのだ。
電卓出して、なぜかしばらく考えてるから、時間のない私はちょっといらいら。
その店員さんをふと見たら、目がなんかもうおかしい。
夜勤だったのか、もう見るからに意識がまともに活動してないの。
そしてさらに、電卓で計算したおつりも間違えた!百円足りない(泣)
でも、間違えてたことに気付いたのは、お店を出て車で走ってる最中だったから、
遅刻しちゃうので今さら戻れなかったのだ。

なんつーか、これ、まんま昨日から今朝にかけての自分の具現化だよねえ。。。
意識ちゃんと自分の中心に入ってないってことだよね。
バランスおかしいよって云われてたんだよね。
そんで、気をつけろって警告受けてたのに、今日はお仕事ミスばっかしてしまった。
なんか段取りもめっちゃ悪かったし。
ハートと繋がってない!意識は入ってない!
こんな状態だったから、わらわらエゴも浮上しまくったし。
あ~。。。
寝る前とかってホント大事だわ。。。
あと、朝もね。
崩れたバランスを整えて、自分の内側をクリアにするのに最適だもの。
日々の小さな祈りや瞑想が、私に明晰さをもたらしてくれる。
ハートに活力が沸いてくる。
エゴにひきずられ難くなる。
これほんと。
最近実践してみてわかってきた。
やるのとやらないのとで全く違うの。
今までまともにやったことって無かったから、自分でその差にびっくりしてるよ。
わたしまじめにしょっちゅう意識抜けてたし、気が上がっちゃってたし、
グラウディング出来てなくて糸の切れた凧みたく当ても無く飛んじゃってたんだ。
あちゃあ。。。って感じ。

あ、今回のこの状態、日々意識をクリアにする必要性を感じるための学びでもあったのかな。
もしかしてさ。
ちょっと実感できたもんね。
あ、あと、目の前にやってきたことは、今の自分の内側を具現化したものだってこと。
ますます実感しちゃった。今日のはすごく分かりやすかった。
それとも、私の意識の仕方が変化してきたのかな。
ま、どっちでもいいや。
気付いたんだから、それでいいのだ。

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花火
2006 / 08 / 16 ( Wed ) 20:39:14
お盆中、にーちゃんが奥さん連れて帰って来た。
みんなで取り留めのない話をしたり、お寿司を食べに行ったりした。
なんか和やか~な感じ。
夜になって、にーちゃん達が花火をやろうっていうから、みんなでやったんだ。
去年買って、そのままになってたやつを持ってきたんだってさ。
おとうちゃんと母も誘ったんだけど、あまり乗り気じゃない様子。
でもなんか、みんなで一緒にやった方がいい気がしたの。
もちろん、強制はしないよ。
でも、それがいいんじゃないかなって思ったんだ。

だってお父ちゃん、子供時代に子供らしく遊んだ経験ほとんどないからさ。
こんな風にみんなではしゃいで遊んだら、お父ちゃんの中のインナーチャイルドちゃんが
喜ぶんじゃないかなって感じたんだ。なんとなく。
母も、家族でわいわい楽しむって経験の薄い人だから、こう云うのいいんじゃないかなあって。

わたしとにーちゃんと奥さんと3人で花火を眺めていたら、しばらくしてから
父ちゃんと母が合流して、5人でわいわいおしゃべりしながら花火を楽しんだ。

なんのかんのといちばん夢中になってたのは実はお父ちゃんだったんだよね。
ひたすら線香花火をやり続けてた(笑)
良かったあ^^
なんかすごーく楽しくってしあわせだったなあ。。。^-^
「家族で揃って仲良く遊ぶ」って、こう云う感じ、ほぼ初めてじゃないかな。
うん、いいねこう云うの。
ほくほくじ~ん。。。
えへへ^^
にこにこしちゃう!

あ、そーいえば、花火楽しんだの5人だけじゃなかったっけ。
もうひとり、お腹の赤ちゃんも一緒だね!

ちなみにじーちゃんは、もう寝てましたとさ☆




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我が家・2
2006 / 08 / 15 ( Tue ) 00:38:46
我が家は、お父ちゃんも、母も、実はじーちゃんもアダルトチルドレンなのだ。
みんな傷だらけのインナーチャイルドを抱えている。
それを理解したのは、いつだったか。
専制君主や「親」という絶対的存在だった彼らが、私と同じ痛みや悲しみを抱えている
ひとりの弱い人間だってことに、ある時ふと気が付いたのだ。

「なんだ。。。この人たちも、私とおんなじなのか。。。」
その瞬間から、私は私のチャイルドの痛みとは別のところで、彼らの目線に歩み寄る様になっていった。なぜなら、彼らもまた、自分の両親に愛で満たされなかった子供達だったからだ。

お父ちゃんは、あれだけひどい虐待を受けていたにもかかわらず、私達に対して
じーちゃんの様な暴力は決してしなかった。
全く無かったわけじゃない。でも、質が違う。
「それだけはしたくなった。なにが在ってもしないと決めていた。」
後にお父ちゃんはそう云っていた。
でも、必死になって抑えていたから、結果的に私たちを「放置」することになってしまった。
お父ちゃんは、自分が愛情に包まれて育ってこなかったから、子供に対する接し方を知らなかったのだ。どうしていいか、わからなかったのだ。
お父ちゃんは、私達にブランコを作ってくれた。
小さなプールを作ってくれた。
お父ちゃんは、自分に作れる「物」を私達に与えようとしていた。
愛が分からないから。やすらぎを知らないから。。。
不器用でも、それがお父ちゃんの精一杯の愛情だった。

母は、自分の親から抱きしめられたことが無かったという。
中学生の頃自律神経失調症になった母を、母の家族は腫れ物を扱うように接し、
愛で接することなく不安定な状態のまま、若い母を見合いで嫁がせてしまったのだ。
そして、あの嵐の様な家に入ってしまった。。。
でもそんな中でも、母は私達に毎日ご飯を作ってくれた。
洗濯をしてくれた。時々ケーキも焼いてくれた。
誕生日にご馳走を作ってくれた。。。
大変だったろうに。。。

じーちゃんがどうやって育ったのか詳しくは知らない。
ただ、じーちゃんの両親とそのばーちゃんが恐ろしく厳しい人達だったことは伝え聞いている。
だけど私は気付いてしまったのだ。
あんなに憎んでいたじーちゃんが、弱くて脆くて、実は家族の誰よりも臆病な人間であることに。

じーちゃんは昔から、タバコを大量に吸っていた。
部屋全体が変色するほど毎日吸い続けた。
そんなある日、私は見たのだ。
たった30分、タバコを吸うことが出来なかっただけで、身体がかすかに震え、怯え、
眼が泳ぎ、焦点が定まらなくなり、ろれつまで回らなくなったその姿を!

そう、じーちゃんは、ニコチン依存症だったのだ。それも、深刻な。。。
それは、私にとってなんともいえない複雑な想いを生み出した。
だってあのじーちゃんが、家の中をめちゃくちゃにしてきたあのじーちゃんが、
タバコ一本吸えないだけで、こんなにも弱弱しく怯えているなんて!
信じられなかった。
高慢で怒鳴り散らして周りを思い通りにコントロールしてきたあの人が、
それを手放したとたん、ただ立っていることすら出来ないなんて。。。

その事実は、雷に撃たれたかのような衝撃を私にもたらした。
そして、その瞬間に、あらゆることが頭を駆け巡り、私は急速に全体を理解していった。
この人まで、私とおんなじだった!
じーちゃんもまた、真っ当に愛を受け取らずに生きてきたんだ!
だから、人の愛し方が分からなかったんだ!
みんな、同じ場所に立っていたんだ。。。
なんてことだろう。。。
みながみな、連綿と続く恐れ連鎖に囚われていたなんて。。。
多分、じーちゃんやばーちゃんの両親やそのまた両親も、きっとそうなんだろう。

私の中には、インナーチャイルドの傷がまだまだ残っている。
でも大人の私には分かる。わかっている。
あの人たちが、あの人たちなりに私を愛していたことを。
自分自身が真っ直ぐに愛されることが無かったから、愛し方が分からないだけだってことを。
ただそれだけなのだ。

あの頃から長い月日が経って、私達家族はずいぶん変わった。
課題が無いわけじゃないけど、以前よりもずっと穏やかで優しい。
互いに素直にありがとうも云える様になった。
にーちゃんも無事結婚し、奥さんのお腹の中には新しい命が宿っている。
私はこの美しい風景を見て、ああ良かったなあ。。。としみじみ思う。
それぞれに学ぶことは尽きないけれど、私は今、びっくりするほど幸せなのだ。
ありがとうみんな。
これからも、よろしくね!

あとは、小さい頃に置いてきぼりになった私のチャイルドちゃんを私が満たしてあげればいい。
一歩一歩、少しづつ。。。ネ^-^




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我が家・1
2006 / 08 / 14 ( Mon ) 23:06:20
うちのじーちゃんというのは、恐怖政治を行う暴君の様な人だった。
私のお父ちゃんはそんなじーちゃんの元に長男として生まれ、
精神的・肉体的に虐待されて育ってきた。
お父ちゃんには弟(私の叔父)がひとりいて、その人もじーちゃんから精神的虐待を受けていた。
進学先から就職先、(成人してからも)帰宅時間まで管理され、時間までに帰らなければ
激しく責められていた。じーちゃんが叔父の会社に電話をして、帰宅時間を確認する、という
光景を、幼かった私は何度も見た記憶がある。

お父ちゃんと叔父にとってその日々は、まさに地獄そのものだったに違いない。

そんな家に、母は嫁いできた。
見合い結婚だった。

元々塞ぎこみやすく自己表現が苦手だった母は、この修羅の家で次第に追い詰められていった。なにしろじーちゃんは他人の声を聞く人ではなかったから。

逆らうな!
云う事を聞け!
思い通りにならないお前らが悪い!

お酒が入れば更に荒れ、誰構わず攻撃を受けた。
母もまた例外ではなかった。

さらにうちのばーちゃんも、辛らつな人だった。
それが母の苦しみに拍車を掛けた。
母は、お嫁に来てからじーちゃんとばーちゃんの両方から辛く当たられていた。
母はばーちゃんに、「農家の嫁がスカートなんてはくんじゃねえ!」
「化粧なんかするんじゃねえ!」などと云われていたという。
だから今でも私の母は、「女らしくする」ことに激しく抵抗している。
もとは綺麗な人なのに。。。

じいばあの息子であり、夫でもあるお父ちゃんが母を守ることは無かった。
お父ちゃん自身も虐待されていたのだから、無理もなかったのかもしれない。
私は、母がひとり泣いている姿を度々目撃していた。

そんなある日、飲み会でお父ちゃんの帰宅時間が夜11時を回ったことがあった。
お父ちゃんが帰って来たとたん、バタン!!!ともの凄い音を立てて部屋から出てきた
じーちゃんは、お父ちゃんを殴り、自分の目の前で土下座をさせて謝らせたのだ。
「すいませんでした。。。」
じーちゃんの前で頭を垂れ、跪くその後姿をみて、私は堪らなく苦しくなった。
私は、小学生の頃に見たこの光景を今でも忘れられない。
その後も幾度となく土下座をさせられるお父ちゃんと叔父の姿を見ながら私は、
「もうやめて!!こんなのもうやだ!!!」と心の中で叫んでいた。

何年かして、叔父はお金を持って家を飛び出し消息を絶った。
お父ちゃんは賭博と浮気に逃げ出した。
母は次第に精神を病み、そのバランスを保つ為に私に当たる様になっていった。

こんな状態で、こんな環境で、のびのびと子育てなんて出来る筈もないのだ。
皆が被害者だったし、皆が加害者だった。
家族の誰もが苦しみを抱えていた。
後に分かったことだが、当時全ての元凶だったじーちゃんですら、苦しみの渦中にあったのだ。
みなそれぞれが、自分のことでいっぱいだった。

私とにーちゃんは、その恐れの連鎖に巻き込まれてしまった。
(にーちゃんもいろいろ在った)
私のインナーチャイルドは、この中で生まれたのだ。
そして成人し、アダルトチルドレンと呼ばれる存在になった。









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スライド
2006 / 08 / 12 ( Sat ) 22:02:59
目の前に自分の恐れを具現化されると、その自分の姿を認めたくなくて
いろんな形にスライドさせていく私がいるの。
前からいたんだけど、最近抵抗してる最中か、やっちゃった直後に気付けることが
増えた気がする。うん、ついさっきも、やっちゃったんだけどさ。
そのまんまを受け容れられなくて、あーだこーだ理屈を作って退けようとするのだ。

うう。これ、まじめにかなり多いぞ私。
気付くとやってるぞ。
つまり無意識なんだ。
意識的でないのだ。
でも、この自分を感じれたから、少しは意識的になってきたのかもなー。
だんだん自覚しだしたか?
だったらいいな♪

人の所為にするのも抵抗。
投げ出すのも抵抗。
批判も抵抗。
自虐も抵抗。
事実をスライドさせて、別のドラマを創り出すのだ。

そんなに自分のそのままを認めたくないのか~。
そうかそうか。
そう云う自分もなでなでしよう。
うんうん。認めちゃおう♪

周り攻撃したって自分に跳ね返ってくるだけだもんね。
かといって自分攻撃しても、今度は他者攻撃する人を呼んじゃうだろうし。
自分を大切に扱うほど、周りも私を尊重してくれる。
自分の選択が、そのまま周りに反映されてゆく。
法則は実にシンプルだけど、ここにインナーチャイルドの思い込みが加わると、
とたんにややこしくなってくるのね。
だって、思い込みでAをBに、白を黒に意味を摩り替えちゃうんだもの。
想念って強烈だ!

私は未だに、職場で(極一部だけど)否定や攻撃を受けることがあるから、
まだまだ自分に愛情が足りないなあと思う。
あと、そう云う否定や判断するエゴは私の中にもある。
それの具現化でもあるんだな。
咄嗟だと、なんで?!って感じに相手に対して(心の中で)攻撃しちゃったり。
認めらんなくて暴れること暴れること。

ちなみに、エゴって転んじゃっても、自分で認めて許してる部分は周りとの軋轢も起こらないの。
不思議なことに。
結局、認められずにいることが、波風立てていくんだなー。

また今から、在りのままをスライドさせる恐れと向き合ってくぞ~!

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私の中の、チャイルドちゃん。
2006 / 08 / 08 ( Tue ) 19:53:43
昨日、インナーチャイルドの本を読んでる最中、突然あるビジョンが浮かんできた。
小さい頃のわたし。小学校1.2年生くらいか。
楽しそうに自転車に乗って近所の友達のうちへ走っていった。
とにかく、楽しかったのだ。
自転車で、行きたいところへ行くことが。
友達と遊ぶことが。
わくわくしてた。
そんなわたしもいたんだねえ。
でも、楽しい時間は長くは続かなかった。
わたしは父から、ひとりで勝手に遊びに行くな!と怒鳴られた。
ちょっとでも遅くなると、おしりを叩かれた。
更には、家から半径百メートル以上は何処にも行くな、と云われた。
わたしは、心が押しつぶされたみたいな気持ちになった。
くっきりと引かれてしまった境界線。
あそこを越えたら怒られる。。。
でも、行きたい。あの向こう側には、とっても楽しいことが待ってるのに。。。

わたしは当時のわたしの想いを感じてゆくうちに、この出来事が傷になっていることを知った。
恐怖のルールで縛られたこと、やりたかったことを無理矢理引き剥がされてしまったこと、
そして、わたしから唯一の楽しみを奪ったことへの激しい怒り。。。
それらが津波の様に心の内側から押し寄せてきて、わたしは声に出して叫んでいた。

「どうしてやっちゃいけないの?!なんでわたしから楽しいこと獲っちゃうの?!」
「誰もわたしに楽しいこと与えてくれないくせに!!!」

そう、幼い頃からわたしにとってこの家の中は牢獄だったのだ。
誰も遊んでくれない。相手もしてくれない。話も聞いてくれない。声も掛けてくれない。
やすらぎはない。安心も無い。抱きとめてくれる腕も無い。
わたしが存在する意味は無い。誰も、生きていていいって教えてくれない。
学校でいじめを受けても、先生の理不尽な言葉に傷つけられても、毎日孤独に震えていても、
最も暖かい手を求めていた時代、それらは与えられることが無かったのだ。

傷だらけのインナーチャイルドが、叫んでいる。
満たされなかった想いが、憤怒を生む。
放置され、放り出されたアイデンティティが幻想を生む。
誰かに否定されれば、どんな些細なことでも自らの価値は打ち砕かれる。
安心を与えられなかった心が、あらゆる恐れを生み出してゆく。

うん、小さなわたしの声、全部耳を傾けるよ。
向かい合って、して欲しかったことをしてあげよう。
教えてもらえなかったことを教えてあげよう。
わたしはこの子の親であり、兄弟であり、友人であり、先生なんだ。
自分の中で、もう一回育ててあげるんだ。

日常の中で誰かと関わっている時、インナーチャイルドが叫びをあげることがある。
その叫びに気付かないと、そのままチャイルドに支配され、子供に逆行し、
周りの人々との軋轢を生み出してゆく。

なんでこうしてくれないの!
わたしの声を聞いて!
わたしを受け容れて!
わたしを認めて!

こう云う満たされない想いを相手に要求し始める。
出来事の意味を摩り替えてゆく。

わたしはチャイルドの叫びに気付いた時は、心の中で彼女と対話することにした。
まずは彼女の気持ちをそのままに受け止めて、決して批判しない。
抱きしめて、愛で包んで、出来たこと、やれたことを思いっきり褒めてあげる。
彼女が落ち着いてきたら、少しづつ、噛み砕いて真理を伝えてゆく。

胸の真ん中に、柔らかくてあったかい光があるよねえ。
ほら、あれ、あの感じ。
前に気持ちよくってやすらぎでいっぱいになったこと、あったじゃない?
感じてごらん。ね?
(↑わたしとチャイルドは、内なる光と繋がるやすらぎを体験している)

ハートのあたたかさを感じられたら、今度は不快さを彼女に与えた相手の光に
意識を向けるよう促がしてみた。

ほら、さっきのあの人ね、あの人の中にも、こんなに綺麗な光があるんだよ。
この光がほんとのあの人なんだよ。
ほんとはあなたのこと、愛してるんだよ。
でもね、あの人の中のつらかったり悲しかったりした心がね、苦しくて堪らなくて
周りにぶつけちゃうんだよ。痛いよう。気付いてようって。
あなたも、そういうこと、あるでしょう^^
そういう時って、あのあったかい感じを忘れちゃってるだけなの。
だからね、ちっとも恐くないんだよ。
ただ痛いよう、痛いよう、って云ってるんだけなんだよー。
あなたの傷口と相手の傷口がぶつかっちゃったら、そっと光で包んであげようね♪

こんな感じにやってみた。
その時々、臨機応変にね。
チャイルドには、光とかあたたかいものを感じ取る感性があるんだと思う。
純粋なぶん傷付きやすいけど、ちっちゃくうずくまった心を拡げていけば、
たぶんいろんなことを受け取ること、出来るんじゃないかな。
(とわたしは思った)
だからとにかく、試してみた。
今回は、この方法でだんだんと収まってきたかな。

まずその都度試してみて、愛の光で包んでみるよ。
冷静に見てみて、思い込みで苦しくなってる時は教えてあげてさ。
積み重ねてどう変化するか、こればっかりはやってみないと分からないから。

実践!


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やりたいこと
2006 / 08 / 06 ( Sun ) 23:19:28
わたしに出来ることってなんだろう。
わたしにしか出来ないことってなんだろう。
わたしという個性。宇宙にひとつの、ユニークな神の一面。
このわたしに出来ることってなんだろう。
なんだろう。
自分で云うのもなんだけど、って、前の記事でも書いたけど、
見事なまでになんにもしてこなかったから、なにが出来るかもわからない。
出来るかって云うより、やりたいことがあれば、それに向かって歩いていけばいいんだよね。
何がしたいんだろう。わたしは。
今のわたしが自己探求をするのは、自分を知りたいからだ。
もっと知りたい。自分を知りたい。
少なくとも、自分がやりたいことを体感したい!

去年一度だけ、わたしは天使のカードリーディングを依頼したことがある。
その時、「あなたはライトワーカーだ。」といわれた。
でもなにしろわたしには、そんな実感が欠片もなかった。
でも、違うとも思わなかった。
ああ、そうなのかもナぁ。。。とただ思っただけだった。
そして今年の4月にも、高次からの思わぬチャネリングで「あなたはヒーラーです。」
といわれた。また。。。
でもやっぱりわたしにはそんな実感は全く無かった。
ほんとに微塵も無かった。
ああそうなのか。。。と思っただけだった。

わたしは、感じたいの。
実感したいの。
これだ!って心の底から思いたい。
誰かに云われたから「分かりました。ヒーラーになります。」なんて思えない。
そんな気持ちじゃ選択できない。

わたしは、自分を知りたい!
知りたい!
知りたい!

でも思うほど行動してなかった。
足りなかった。
目の前のエゴに対して必死に取り組んでても、この部分にはフォーカスしてなかった。

知りたかったら、瞑想深めるなり、エネルギー流すなり、もっと自分の本質と繋がる努力を
すればいいんだ。方法も知ってて、それが何をもたらすのかも知ってて、やらなかった。
選択しなかった。
分からなくて当然だ。
そう云う選択をし続けたんだから。

ヒーラーって云う自分を感じたくて、エネルギーのスキルを外側の世界に求めたことも在る。
でも、それによってわたしは自分を見失ってしまった。
外に求めても、答えが在る筈も無いのに。
すべてはわたしのスピリットが知っているのに。
まあそれはそれで、外側に求めていくと空回りするって実感したからさ。
無駄じゃなかったさ。これも学びだった。

そうしてまた自分の内側に目を向けだした。
今度はどうする?
知りたいんでしょう?
自分で、実感したいんでしょう?
自分が本当にしたいこと、感じたいんでしょう?

感じたい。
心底、感じたい。
情熱を、感じてみたい。

ならば後は、わたしの選択次第。
どうするか。。。決めなくちゃ。







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2006 / 08 / 06 ( Sun ) 22:23:30
わたしは毎日夢を見る。
でも、朝起きるとその殆どを忘れちゃうのだ。
しっかり覚えていられれば、メッセージとかいろいろ在りそなんやけど。
しかーし!今日はめずらしく覚えてたんだなこれが。
前半部分はすっ飛んじゃってるけどね^^

わたしは、なにかを学んでて、夢の終わり際に選択を迫られたの。
いくつか穴があって、その穴は新しい可能性に繋がってるの。
他にも人がいて、みんなどんどん自分で選んだ穴へと入ってゆく。
わたしも入ろうとしたら、その穴はなんかくもの巣みたいな煤でいっぱいで、
わたしはえっと思って躊躇ってしまった。
でも、一人の女性がそんな穴の中を迷うことなく進んでいったのを見て、
よし!わたしも行こう!そう決意して穴に飛び込んだ。

そしたら、見渡す限りの青空が広がった、明るいところに出たの。
虹のようなものが見えて、そこには、オレンジ色した天使がいた。
翻訳つきの英語でなにかお話したんだけど、うー思い出せない。
ただ、わたしが選んだこの道は、創造の道なんだってことは理解した。
オレンジの天使は、この新しい道のナビゲーターなんだ。
教師であり、導き手でもある。
その天使と、その他にも何人かいて(姿は分からなかった)、みんなで
風に乗って真っ直ぐ進んでいた。
揺れの無いジェットコースターって感じだった。

そこで夢は終了。
あれ、なんだったんだろうなあ。
わたしは自分の進む先を決めたいんだろうな。。。というのは分かる。
なにかしたいんだよ。
でも、なにをしたいのか分からないの。
焦ってなんかしても、また投げ出しちゃうし。
創造の道。。。これから自分で創ってゆきなさいよってことかなあ?
オレンジ色の天使はなんだろう。

わたしは最初、オレンジ=第2チャクラをイメージしたの。
今日仕事から帰ってきてからキャロライン・メイス著書「7つのチャクラ」を見てみたら、
第2チャクラのところでこんな記述があった。

「第2チャクラの物理的エネルギーは、全ての人間関係は根本的に霊的なメッセンジャーである、ということを象徴している。それは、自分の持つ強みや弱みについての気付きを自分の人生に、(そして相手の人生にも)もたらす働きをするのである。
家庭、仕事、住んでいる地域での関係から政治活動にいたるまで、全ての人間関係は
霊的な価値を持つ。第2チャクラのエネルギーは、人間としての成長を助けてくれるのだ。
誰が、そして何が自分にとって価値があるかをすぐに判断したがる衝動を捨て、相手を敬うことや、自分に与えられた課題に対して意識を向ければ、その象徴的な価値が見つけやすくなる。」

。。。って、これ、今わたしが現場で直面してるこそのものやん!
日々学んでますはい。
小さな選択を毎瞬迫られてるデスはい。
「生か死か」、ならぬ「愛か恐れか」だでよ~。
最近感じるんだけど、選択って全ての瞬間に在って、それは必ずこの二つのどっちかなんだ。
愛を選択できることもあるけど、どっちかっていうとエゴのが多い気がする。。。あう。
あと、こんな記述もあった。

「選択するという力こそが、私達の霊を物質に、言葉を形あるものへと変換する働きである。
選択とは、創造のプロセスそのものである。
私達の行う選択が、私達の霊を物質へと織りなしていくという事実こそ、世界の主だった
霊的教えが、基本的にただ一つのレッスンを中心に形成されている理由でもある。
それは、賢い選択をしなさい、ということだ。
なぜなら一つ一つの選択は、自分の霊の力を創造的に行使することに他ならず、
その責任も自分でとらなければならないからである。」

。。。そのまんま今のわたしだ(笑)すべては自己責任。誰の所為でもない。
でもだからこそ、エゴ(恐れ)ではなく愛の選択をすることが出来れば
もうそこには、愛しかなくなるんだ。

感謝。。。すぐ忘れちゃうから、また思い出そう。
感謝の祈りをたくさんしよう。
わたしはいつもエゴに煽られてぐるぐるしてるけど、やっぱ愛がいいもん。
愛は気持ちいい。愛はやすらぎ。愛はすべてを受容する。
この物質世界が二極化されているならなおさら、わたしは心地良いものを選択したい。

わたしが見た夢の意味、あんまり分かってないけど、創造するなら愛がいいなあと思う。
この先、何を選択して何をしていくとしても、愛に根ざしてれば、それでいいんだって思った。






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わたし
2006 / 08 / 05 ( Sat ) 19:52:20
あ~なんか、いろいろ出てきてる。エゴっち。
周りと比べて落ち込んでる。。。
自分のあまりの何も出来なさに愕然としているらしい。。。
どうしよう!
こわい!こわい!
ってな感じに心の中で震えてる。。。

みんな中途半端なわたしの人生。
なにかを貫くこともなく、真剣に向き合うことも無く、最後には周りに流され選択を放棄し、
散々逃げまくって今まで生きてきた。
誰の所為でもない、自分に幸福を与えない人生を選んで生きてきた。
逃げてる自分を正視出来なくて、眼を逸らすことばかりに一生懸命だった。
そんなことをずっと続けてきたから、自分が何をしたいのかも分からなくなってしまった。

今、わたしの中で自分を責めるわたしがいる。
自分に愛が足らなくなってる。。。

なにかしなくちゃ!
わたしも創めなきゃ!

そんな風に急き立てるわたしがいて、いやだよ怖いよなんにもしたくないよ。。。!!
そうやって怯えるわたしもいる。
なんでわたしはいつも途中でなにかを投げ出すんだろう。
必ずどこかで放り出すんだ。
いっつもいっつもそうだ。
なにも。したくなくなるのなにも。
でも、なにもしないことにも耐えられないの。
なんで。
どうしてかな。
どうしてなにもかも全部やりたくなくなっちゃうんだろう。
いやになっちゃうんだろう。
自分に合わなかった?
うん。そういう側面もあったって思うよ。でも、それだけじゃないんだ。
だって、いちばん古い記憶で幼児のころから、こう云うわたしはいたんだもの。

先月くらいからかな、突然こう云う(投げ出し)癖を持ってる自分にフォーカスしだしたの。
パッと眼に入りだした。
今までこの癖のこと知ってたけど、ちゃんと見てなかったんだ。
見ようとしたことが無かった。
でも、なんでなのか皆目見当もつかなくて。
今、気付けないなら、必要なタイミングじゃないのかもしれないけれど。
でも、知りたいんだ。
なんでこう云う癖を作ってしまったのか。
どこから始まっているのか。
今、ほんとに全くわたしには分からないんだけど、
でも必ず自覚できる時がくるって思ってる。

ああひとつだけ、未だに投げ出さずに続けていることがあったっけ。
ずっと苦手だった人との関わり、対人関係を何とかしたいってこと。
なんにも見えないまんまで20歳越して散々苦しんだ人付き合い。。。
前の職場で逃げて、次の職場でも逃げて、今の職場に来てようやく腹を据えて向き合いだした。
最初の何年かはやっぱりうまくいかなくて、いっぱい傷付いていっぱい泣いた。
でも、いつもだったら逃げ出すところを、今回はなんとか踏ん張った。
今度こそ、何とかするんだ!って思ってさ。

そして去年、やっと去年から、少しづつわたしは変わり始めた。
一体何が原因だったのか、だんだんと見えてきたんだ。
ほんとに僅かな歩みでも、徐々に変化してきてるんだ。
今でも時々周りとぶつかって、ガクーってなるわたしもいるけど、
過去29年間で今がいちばん幸せなんだよ。
わたし、今がいちばん幸せなの。

今度は投げ出さなかったよ。
わたし、頑張ったよ。
初めて自分に云えるよ。
うん。。。頑張ったんだな。
よくこらえてきたね。
えらかった!
そうだ、自分のこと、もう少し褒めてあげよう!

まだ駄目だ、こんなんじゃまだ足りない、この自分じゃ不十分だ。
こう云うの捨てちゃおう!
だって頑張ったもん。
放り出さなかったもん。

今の自分を認めてあげよう。。。ね?



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たべもの近況
2006 / 08 / 03 ( Thu ) 21:55:04
昨日、ちょーひさびさにお肉を食べた。
って云っても、鶏肉のから揚げ一個だけなんだけどね。
去年の10月から、人から勧められたほんの数回を除けば全くお肉を食べてなかったから、
ちょっと好奇心もあって口にしてみたの。
そ、そしたら。。。そしたらあ。。。!
2時間後、お腹が痛くなってトイレに駆け込んじゃった!(失礼)
い、いたいよ~腸が捩れてるよ~うう~っ
って感じに4・5回トイレに篭もったのれした。。。
見事にお腹壊した。
はあはあ。強烈なパンチ力だぜ!こりゃ効いたわ!
ってかもうホントにお肉食べたくないって思った。
ずっと長いこと口にしてないと、身体が受け付けなくなるんだね。
気持ちでちょっと食べてみようかって思っても、消化器系が拒否ってるのだ。

はあ、ここは素直に身体の声を聞いて、野菜・果物、時々お魚生活に戻ろっと。

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客観視
2006 / 08 / 02 ( Wed ) 23:37:07
昨日の夜、スッキリしたと思った心がまたもやもや気持ち悪くなった。
あー。。。なんか認めてない、解消しきってない感情があるんだなあとぼんやり思った。
でも、(ひとりで)出しても出しても、まだ何か出足りなくてやな感じなのだ。
なんだろうなあと思っている内に、いつの間にかそのまま眠ってしまった。
眼を覚ましたのは、朝の3時過ぎ。
お風呂にも入ってなかったから、汗を洗い流しに風呂場へ行った。

湯船に沈んでぼーとしてると、また新人さんとのことが浮かんできて頭から離れない。
相変わらず、気分が悪かった。
むかむかした。
嗚呼。。。これ、相手とまだ繋がってる。
そう感じた。
過去に囚われて今(現在)を生きてない。
でも、大元の感情を手放さなかったら、表向きだけ割り切っても結局おんなじだよね。
またむくむく沸き上がってくるだろう。
発生源が内側に張り付いているんだから。

わたしは、新人さんを通して感じた思い、感情を、まだまだ押さえ込んでいた。
感情に蓋をして、もう大丈夫!自分は手放した!って思い込もうとしていた。

「こんな風に感じてはいけない。」
いーんだよ感じても。

「こんなこと思う私はなんて酷いのだろう。」
いーんだよ思っても。

「これはエゴなんだから早く愛に変えなくっちゃ。」
無理してまですることないんだよ。

そのまんま、自分の感じた在りのままを認めようよ。
いーじゃんそれで。
今、そうならそれで良いじゃん。
それだって、自分を愛することなんだよ。
自己受容なんだよ。
否定がある限り、今いる場所から何処にも行けないよ。

そう、そーなんだよね。
やっぱわたし、無理してたんだな。
新人さんとお仕事して感じたいろんなもの、あの子が辞めてから感じたこと、
それらをお腹の底まで受け容れていなかった。
認めてなかった。

その後、お風呂の中で感情を認めまくる作業(笑)をしたら、出てくること出てくること。
あー。。。こんなに溜め込んでたのか。。。
そら気分も悪くなるさあ。
これ、喉とハートのちょうど真ん中くらいのところでぐるぐる回ってたよ(笑)
たぶんだけど、ブロックになりかけてた。

感じて感じて認めて認めて、繰り返していったらだんだんと気持ち良くなってきた。
ぐるぐるしてた感情ブロックもどきがちっちゃくなって、消えてった。
実は心の真ん中でおもりみたくずっしりしてた「罪悪感」が無くなった。

「罪悪感」=わたしの所為で新人さんが辞めちゃったのかな。。。と云うやつ。

やっと手放せて、ようやくスッキリだ~。
今、新人さんのこと思い出しても嫌な気持ちにならない。
もしまたなったとしても、否定せずにそのまま認めちゃえばいいや。

変に抵抗するとさ、おかしな屁理屈こねだしちゃって余計にややこしくなるんだよね。
思考が拡大してゆくの。
マインドのなせる業か?

ちなみに感情を感じきったら真実がひとつ見えてきた。
今回の新人さんを通しての学びは、自分のエゴを客観視すること。
外側からそのエゴを知ることで、己のエゴが出て来た時に手放す選択を出来る様にすること。
癖になっているものは、やってる最中に「これが癖だ!」と自分で気付く必要があるんだ。
そして、瞬間瞬間の選択で、いくらだって軌道修正が可能。
まず、自覚すること。
今回わたしは、新人さんがちょークリアな鏡になってわたしのエゴちゃんをくっきりはっきり
映してくれたので(笑)自覚しやすかった。ありがたいことだ^^
わたしのああ云うエゴって、傍からみるとどう見えるかがよく分かったよ。

今度は、ひたすら実践だな。
そんな感じ。


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ストンって落っこちた
2006 / 08 / 01 ( Tue ) 18:32:57
私の中には、人を見下している自分がいる。
なにかの拍子に、特別意識を持つ私が顔を出す。
満たされていない私の深層意識を反映しているのだ。
飢えた心が形を求めて何かにしがみ付く。
何かで必死に満たそうとする。
何か=自分以外の誰か。物など。
自分で自分を褒めて、大切にしている時は安定してるんだ。
それが無意識に外へ向かうとだんだんおかしくなってくる。
でもいいや。
そんな私もアリだよ。
認めちゃおっと。
なんかこうして書き込んでったらちょっと嬉しくなってきた^^
この私も嫌じゃなくなってきた。
あっ!
今書き出して気が付いた!
私、今の自分を嫌がってたんだ!
人にエゴをぶつけた自分が嫌だったんだ。
あ、そーかあ。
認めたくなかったんだ。
「こんなの嫌イヤいやあ~!!これ私じゃないもん!」ってやってたのかー。
そうか。。。
自分から愛が貰えなくって苦しんでたのか。
ご、ごめんよ~。
そりゃ否定されたら嫌だよねえ。
新人さんも、嫌だったよね。きっとさ。
だって肯定よりも否定が多いなんて私だってやあよ。
わあーホントごめんよー!
新人さんも、私にも。。。

あ~。。。認めたら、エゴエゴしてる今の自分が好きって感じ出した(笑)
嫌がってたのは、認められなかった自分に対してだったのね。
はーちょっとリラックスした^^








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